ロボット・イン・ザ・スクール デボラ・インストール著 小学館文庫:AIは胃の中の蝶の存在を感じられるか?

「ベン?ナナフシが生きている意味って何でしょう?」

ぽんこつロボット、アクリッド・タングのシリーズ
3作目である。
相変わらずタングのボディ前面のフラップは修理も
されず、ガムテープで留めたまま。(本人がそれを
望んでいるのだそうだ)
でも4歳になったベンとエイミーの娘のボニーと
一緒に学校に通うと言いだす。
好奇心、向学心いっぱいのロボットなのだ。
しかもベンとエイミーの心配をよそに、学校の
人気者になる。
そりゃあそうだろう、2作目を読めばタングが
ただのわがままお子様キャラクターではないのは
一目瞭然。
究極の癒しロボットが子供達の人気者になるのは
あたりまえなのだ。

いっぽう、ボニーは通学に拒否反応を示す。
友達はイアンひとりだけ。
学校で不当な扱いを受けたタングの仇討のために、
同級生の男子をグーでぶん殴ったりもする。
自分の意思を通すために、頑として譲らない。
かなり自己主張が強く、扱いが難しい。
そんな折、学校で描いた不気味な絵が実は娘の
隠された才能を表している事に、ベンは驚愕する。
普通の子供とは違った個性を発揮しだす彼女は、
将来的に何か特別なことを成し遂げるような
予感がある。

さて、2作目で天才科学者ボリンジャーがベンに
向けて放った元スパイロボットのジャスミン。
本好きの彼女はある日ロンドンで開かれた読書会に
ベンと共に向かうのだが、そこでロボットであるが
故に参加を拒否されてしまう。
AIであるために存在自体を全否定されたような
格好になってしまった。
もっと人と関わりたいというジャスミンの願いは
どこでも受け入れられるものではないようだ。
その後ジャスミンは「愛とは何か」という返答に
窮する問いかけをベンにするのだけれど、無論彼が
明快な答えを出せるわけがない。
(ベンに限らず、この質問に即答できる人はそう
そういない、でしょう?)

1作目は荒唐無稽な世界旅行、2作目はスパイロボッ
トの出現によるスリルとサスペンス(まあ、そんな
に大げさな物ではないけれど、ボリンジャーの存在
はいつだって脅威だ)3作目の本書は子供中心の家庭
模様がメインのいたってドメスティックな内容である。
これは多分に作者本人の経験談が盛り込まれているな
と思える公園におけるヒエラルキーやら、洗濯機に
放り込まれたおもちゃの話題が続けば筆致に中だる
みが生じても不思議ではない。
ところがページ中盤、不幸な事故が発生するに至って
物語に緊張感が走る。

生きる意味、愛する意味、ジャスミンにとってチェン
バース家で過ごした日々はきっと彼女のAI頭脳の
中で一番重要なプログラムとして位置しているに違い
ない。
こんな形でお別れなんて、寂しくなるな。
黒い卵型のボディの中でもチョウチョウが羽ばたいて
いたのを、ジャスミンは気がついただろうか?

記事執筆:Letterina

1作目のレビュー
https://claudiobaglionifanblognippon.at.webry.info/201711/article_12.html

2作目のレビュー
https://claudiobaglionifanblognippon.at.webry.info/201711/article_15.html

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